History - 女性の雇用創造

女性の雇用創造 女子大生の雇用創造 若者の雇用創造 農業への挑戦 神戸復興プロジェクト

1976年~1980年代前半

  • 株式会社テンポラリーセンター設立
  • 女性の活躍を支援するさまざまな仕組みを提案

育児を終えてもう一度働きたいと願う家庭の主婦に、OL時代の能力や技術を活かすことのできる適切な仕事の場をつくりたい

パソナグループの雇用創造の歴史は、1976年、大阪・南森町のビルの一室から始まりました。
当時、派遣社員の給与は正社員の年間給与を1年間の労働時間数で割った値を時間給として算出。1日4時間働いても、週3日働いても時間当たりの給与は正社員と変わらない。つまり「同一価値労働、同一賃金」の考え方で、時間給は設定されていきました。

こうして、すぐれたキャリアをもつ女性が短時間でも、短期間でも、家庭と仕事を両立させながら働くことができ、経験、スキルを活かし、それに見合った仕事と賃金で再就職ができるという、新たな働き方を創出していきました。

家庭と仕事を両立させながら、経験やスキルを活かして活躍できる働き方を創出 これにより、女性の社会進出はこの30年で大きく進みました

女性の労働力人口の推移

1980年代前半 女性の活躍を支援するさまざまな仕組みを提案

1980年
女子大生のための無料職業指導講座「アビリティガイダンスプラザ」をスタート

1981年
働く女性のためのサロン「サンパティック」オープン

1983年
「ワープロ完全在宅勤務制度」をスタート。後のSOHOという働き方のさきがけとなる。

1987年
家事や育児でフルタイムで勤務できない主婦のために「ワークシェアリング」を導入

1988年
「ワープロオリンピック」「WORRKING EXPO」を開催、たくさんの女性がプロフェッショナルスキルを磨く場を提供

1985年「男女雇用機会均等法」施行、1986年「労働者派遣法」試行 男女の差別なく、同等に活躍できる社会にむけてのスタートを迎える

  • ワープロ完全在宅勤務制度
  • サロン「サンパティック」働く女性だけを対象にした会員制サロンは画期的でした
  • みて、ふれて、仕事をする スリーステップOAショー開催 東京・大阪で1万人を動員
  • 働く女性のための情報誌「サンパティック」、「フリーカー」 当時、働きたい女性の為の情報誌・ビジネスは無く、再就職は道の世界…働きたい女性の貴重な情報源に!
  • ワープロオリンピック開催
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