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HR 2017.03.01 日本的雇用慣行を超えて―多様な人材を活かす方策(八代尚宏 特命教授)

文:昭和女子大学 グローバルビジネス学部 ビジネスデザイン学科 学部長・特命教授 八代 尚宏氏


●八代 尚宏氏(昭和女子大学 グローバルビジネス学部 ビジネスデザイン学科 学部長・特命教授)
1968年、国際基督教大学教養学部卒業。1970年、東京大学経済学部卒業、経済企画庁入庁。1981年、米国メリーランド大学Ph.D取得。OECD経済統計局主任エコノミスト、上智大学教授、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授などを経て現職。

成功体験からの脱却が日本の雇用問題解決のカギ


日本の雇用問題は、世界に対して説明が難しいものだと捉えています。
他国で労働問題と言えば、一般的に「労使対立」です。労働者と使用者である企業は社会階級が異なり、企業に対して交渉力で劣る労働者が団結して労働組合を形成するという構図です。欧米では労働組合が職種別・階級別に組織されていることもあり、同じ職種間で労働者の流動性が高いという特徴があります。

一方、日本では長く「労使協調」が続いていて、労使対立がないことがメリットと考えられてきました。企業と労働者は「利益共同体」の関係にあり、ひとたび正社員として雇用されれば、定年までの雇用と年功賃金が保障されてきました。
それゆえ雇用が安定し、ストライキもない。雇用を保障された労働者は、異動や転勤も厭わずに「無限定な働き方」をする。その状態が成功体験として蓄積されてきたのです。

しかし、現在は正社員以外の形態で働く人が4割に達しており、今後も急速に拡大していくことが見込まれています。つまり、労使協調の枠組みに収まらない多様な働き方をする人が増えている。
ですから、過去の成功体験にとらわれていては、人材の活用は妨げられ、大企業と言えども生き残ることが困難になりかねないのです。

安倍内閣によって「同一労働同一賃金」が国の施策として明確化され、現在検討が進められています。他国ではすでに当たり前のこの考え方を実現するためには、年功賃金の見直しが必須となりますが、現時点でも経済界から反発が起きており、先行きは不透明です。今後政府が発表する指針がどのようなものになるか、注意深く見守る必要があるでしょう。

年齢にかかわらず活躍できる社会の実現


トヨタ自動車は2015年、工場で働く従業員の年功賃金を見直し、若手従業員への支給を手厚くした新しい賃金制度の導入を発表しました。日本を代表する企業がこうした取り組みに着手する中、他社はどうするか、決断を迫られます。

年功賃金の見直しを考えるためには、過去の「男女の賃金差」が参考になります。男女雇用機会均等法によって、性別による差別が禁止され、男女を平等に扱うことが定められました。その実現のために、総合職と一般職など男女で仕事を変える考え方が生まれ、結果的になんとかやってきたわけです。
しかし同じことを年齢でやるのは、より難しいと考えられます。

仮に今の新卒社員から制度を変えるとしたら、40年はかかってしまう。そのため、既存社員の賃金制度の見直しをしていくという考え方も必要なのではないでしょうか。

1980年代までは、巨大な人口で少ない高齢者を養ってきました。しかし、これからの日本では人口構成が変わり、労働力が大きく減少することが見込まれています。年功賃金だけでなく、年金制度も大きく変わらざるを得ないでしょう。

そのような状況下で、高齢者層の人材活用に大きな期待が集まっています。
欧州では高齢化と並んで、高齢者の早期退職が大きな社会問題となっていますが、日本の高齢者は就業意欲が高いという特徴があります。この利点を活かして熟練労働者を活用するためにも、多様な働き方が可能な労働市場を確立することが必要となります。

そのために障害となるのが、日本の大企業を中心に普及している定年退職制です。
他の多くの国では「年齢差別」として認められていない制度ですが、日本ではこれが年功賃金とセットで「公平な慣行」として受け入れられてきました。しかし、高齢人材の再雇用制度などが導入されるにつれ、「仕事の内容が変わらないのに定年後に賃金が下がる」という避けて通れない課題が生まれています。

労働契約法では、正規雇用か非正規雇用かにかかわらず、同じ仕事をしていれば同じ賃金であるということは明確に示されています。同一労働同一賃金と矛盾した年功賃金にこそ問題があるわけです。「仕事を変えて賃金を変えて働かせればよい」ということでは、抜本的な解決にはなりません。

個人の仕事能力を基準として働ける「年齢にこだわらない社会」を作ることが、この問題の解決には不可欠なのです。

「個人単位」で実現するワーク・ライフ・バランス


これまで日本の正社員が「無限定な働き方」を行うことができた前提には、定年までの雇用保障や年功賃金のほかに、「専業主婦」の存在が大きく影響しています。
男性が会社で長時間労働をして、女性は家事や子育てに専念する。家族の生活環境が変わってでも、転勤や単身赴任、配置転換に応じる。つまり、家族単位でワーク・ライフ・バランスが保たれているという状況で、女性が正社員になるというのは企業の論理では“ルール違反”になってしまう。

先進国の中で、日本の女性管理職比率と出生率がともに低い要因もそこにあります。

労働市場において人口の半分以上を占める女性を、専業主婦として、あるいは補助的な役割としてとどめることは、男女間の公平性だけでなく、希少な人材の活用を妨げているという意味でも大きな問題です。これからは固定的な雇用慣行を打破して、個人単位でワーク・ライフ・バランスが保たれるように変わっていかなければなりません。

アベノミクスでは「2020年までに女性管理職比率を30%とする目標」が掲げられています。女性を積極的に登用し、その潜在力が発揮されれば、経営のダイバーシティを高め、利益の追求にもつながります。

一方、家庭でも共働きが実現できることで、自由な働き方が実現できるようになるでしょう。仮にどちらかが不測の事態で仕事を辞めることになっても、その間に片方が家計を支えられます。これからの低成長時代は会社に依存するリスクは高くなるため、環境の変化に対応できる強い家庭を築くという意味でも、女性の社会進出は重要な意味を持つのです。

人事部が変われば働き方も変わる


これまでの日本的雇用慣行のすべてが悪いというわけではありません。高度経済成長期には、法規制などがなくてもそうした働き方が自然と求められていたのです。
しかし、1990年代以降の低成長の時代になっても、政府や企業がいつまでも過去の成長モデルにとらわれているのは問題です。

こうした状況を変えるために、企業の人事部も変革を迫られています。特に大企業の人事部門は、その存在自体が人材サービス業のようなものです。個々の社員の自由な選択肢を尊重しながら、現場のニーズとの適切なマッチングを行う役割を積極的に果たしてほしいと思います。

そのために必要な取り組みの一つとして、「人事評価の仕組みを変える」ということが挙げられます。多くの企業は「評価はやっている」と言うでしょう。しかし「評価の内容を労働者に開示して説明しているか」「評価に対して労働者による反論ができるか」となると、できていない企業が多いのです。

労働者が意見や反論を述べられない評価はフェアとは言えません。また、今後は外国籍を含む異なる背景の社員が増えるため、評価の客観性・透明性はこれまで以上に求められるようになります。
「評価に反論をさせたら、管理職がノイローゼになる」という意見も耳にしたことがありますが、管理職とはそういった特定のスキルを要求される一つの職種なのです。

日本では勤続年数に対する褒賞のような形で管理職に昇進しますが、本来は人事管理に優れた人が就くべき最も重要な職種と考えるべきです。管理職になるかどうかを人事部が一方的に決める仕組みでは、管理職になれなかった社員から不満が生まれます。社員の高齢化に伴って、管理職ポストの不足も深刻になっていくでしょう。

今後の管理職は「出世願望と必要なスキルを有する一部の社員が自ら選択し、その内から選ばれるもの」という認識を広めるべきです。

今後、「無限定な働き方」をする社員の比率が下がり、適切な評価のもとで限定された専門的業務に従事する社員が増えれば、人事部の機能も変わります。会社内に労働市場があると捉え、多様な人材をマッチングしていく役割が大きくなるでしょう。過渡期である現在は大きな負担を強いられるかもしれません。

しかし、人事部が変われば、日本の働き方の多様化が実現し、国や政府を動かすことも可能になると考えられます。大きな責任を伴いますが、これからの人事部の自己改革に期待しています。

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